より多くの人と動物を幸せに。獣医師として、まずはヒトの医療業界に身を置く決断をした理由。
2020.01.12 09:00
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Dspace Plusの「のぞき見みんなのキャリア」では、医療職の方のキャリアや人生に対しての視野を広げることを目的に、様々な医療職の方のインタビューを取り上げています。
今回インタビューするのは、獣医学専攻を経て、製薬企業に勤務中の獣医師の彩夏さん。獣医師の仕事とはどのようなものなのか、キャリアについての考え、医療という枠を超えた課題解決にも取り組もうとしているビジョンについて教えていただきました。ぜひご一読ください。
彩夏
獣医師。東京大学農学部獣医学課程卒業後、製薬企業に就職。医薬品開発に2年半従事した後、セコンドメントによりIT推進の業務を開始。LGBTなどの性的少数者を支援する社内コミュニティの立ち上げにも関わった。13歳をイギリスで過ごし、22歳でタイの獣医大学に交換留学。趣味はクラシックバレエ、音楽ライブ鑑賞、弾丸旅行。
Twitter @proud2bminority/ Instagram @irodori_odori / note sayanatsu
まずは彩夏さんが獣医学を専攻した経緯をお教えください。
皆さんがイメージするような、小さい頃から獣医を夢見ていた人間ではありませんでした。小さい頃はバレエダンサーになりたいと思っていました。高校生になって理数系が得意という理由で理系を選択し、医療ドラマを見るのが苦手だったため医学部は受験せず東京大学理科2類に進学しました。
東京大学では大学2年生の夏までに学部を決める必要がありました。当時の私は、医学部以外の理系学生は卒業したら研究者にしかならないと思っていました。しかし、大学生になり人と接することに楽しさを覚えた私は、室内にこもって研究に勤しむ自分をなかなか想像できませんでした。
そこで、友人も参加するからという理由で獣医学課程のガイダンスに参加したところ、獣医学生の卒業後の進路が幅広いことを知りました。犬や猫の獣医(小動物臨床医)はもちろん、牛・豚・鶏などの獣医(大動物臨床医)、国家・地方公務員、国際機関・企業就職、大学院進学など…。研究者になることに疑問を感じている私でも、ここに進学すれば自分に合う進路を見つけられるかもしれない、と思いました。
そして何よりも、獣医学の授業や実習が楽しそうでした。特に牧場実習!当時のカリキュラムでは、大学所有の牧場に1週間寝泊りして牛・豚・山羊・馬について勉強する実習がありました。小さい頃に猫を飼っていたこと、羊がそこら中にいる環境にいたことから、私は動物が大好きでした。動物と触れ合えると考えるだけでも純粋にワクワクして進路を決めました。
ちなみに、見るのが苦手だった医療ドラマは、進学後、ちゃんと見られるようになりました(笑)。
牧場実習の様子 (彩夏さん提供)
製薬企業という進路に進んだ理由をお教えください。
ヘルスケアや医療の発展に貢献したいという思いから選びました。
実際に獣医学生になってみると、今まで知らなかった世界がたくさんありました。例えば、動物病院の実習では、来院した時点で状態が悪く助からないような症例を目の当たりにし、とてもやるせない気持ちになりました。今ある獣医療の技術を使って目の前の一握りを救うことより、医療や未病領域の発展に貢献してより多くの人・動物を幸せにしたい、と考えるようになりました。
獣医師免許を取得してから、キャリアの選択を悩んだことはありましたか?また、現在のキャリアを進んでみて感じていることを教えて下さい。
獣医師免許を取得して、将来動物関連の仕事をするという気持ちは強まりましたが、現在のキャリアには悩まず、逆に集中できるようになりました。
獣医学生の間に学んだことは、上述のほか、獣医療の現実、ペット業界、公衆衛生、動物実験の問題など、数えきれないほどありました。
獣医師は日本に約4万人しかいません(農林水産省より http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/zyui/)。4万人しか知らない課題がこれほどあるので、それを知っている自分は獣医業界に何かしらの形で貢献しなければいけない、という責任感を自覚しました。
ただ、就職活動時点では、まずヒトの医療からキャリアをスタートしようと決意しましたし、ヒトの医療業界に身を置くことによって、将来獣医療業界に還元できると考えていたため、すぐの転職などは考えませんでした。
実際、ヒトの医薬品業界にいることで、ステークホルダーの多様性、ITの活用、法規制の整備など、獣医療業界より進んでいるものが見られました。
獣医も医科や歯科も世間一般には「医療分野」とひとまとめにされますが、管轄が農林水産省と、厚生労働省と異なり、意外と交流や知識を共有している部分は少ないものだと思います。
それを踏まえて、彩夏さんから見て、「獣医業界のこのようなところを、他の医療業界者に知ってほしい、知ってもらえると役立ちそう」だと思うことはありますか?
獣医の仕事の多くは人の健康・医療とも密接に関わっている、ということだけでも知っていただければ嬉しいです。獣医に進学した理由でもお伝えしたとおり、獣医師の仕事は犬・猫のお医者さんだけではありません。
牛・豚・鶏などの大動物の獣医療は、私たちの食卓に美味しいお肉や牛乳を届けることの大きな支えになっています。魚やミツバチの病気も勉強するので、私たちが食べる動物すべてに獣医が関わっていると考えて問題ないと思います。
また、鳥インフルエンザや狂犬病など、動物からヒト、ヒトから動物にかかる病気(人獣共通感染症、Zoonosis)について獣医師はプロフェッショナルです。空港などでの検疫や動物へのワクチン接種を通じて、ヒト・動物への感染防止に寄与しています。
さらに、獣医師の任務の一つに「公衆衛生の向上」があります(獣医師法第1章第1条)。環境問題や人の疫病の問題などに、獣医師も深くかかわっているのです。実際、海外の疾病予防管理センターで働いた先輩もいます。
医師・歯科医師は人の病気を治す仕事がメインだと思いますが、獣医師は動物の病気を治すだけでなく、人にかかる病気の蔓延を防ぐこと、人の生活を支えること、人の健康を守ることも大事な仕事です。これを知っていただくだけでも、獣医師に興味が湧いてきたのではないでしょうか。獣医師は医師・歯科医師に比べてとても少ないので声が小さくなりがちですが、課題が複雑であるほど異なる立場からのアプローチが大切だと思うので、今後双方の交流をもっと深められれば、と感じています。
彩夏さんは、今後のキャリアをどのように検討していますか?
今はセコンドメント先で、システム開発やプログラミング、データ分析などの基礎知識やプロジェクト・マネジメントのスキルをしっかり身につける予定です。将来その知識・スキルを活かし、自分で社会課題を見つけて、たくさんの関係者を巻き込み、スピーディーに課題解決できるようになりたいです。また、海外に滞在・留学していたこともあり、国内にとどまらずグローバルに活躍したいと考えています。
解決する課題は医療・獣医療領域に固執するつもりはなく、普段から広く世界を見て自分がその時に解決したい・解決できると思える課題を解決できる人材になりたいです。
例えば、私は以前からダイバーシティ&インクルージョンに関心があります。社内で医薬品開発と並行して従事していた、性的少数者支援コミュニティの立ち上げプロジェクトにやりがいを感じたので、会社の外でも地域社会などに貢献できないか模索中です。今は、幼少期から続けているクラシックバレエを通して、トランスジェンダーや異性装者が自分の認識・表現する性に従って踊り自己表現できる場を提供しようとしています。
Tokyo Rainbow Pride (彩夏さん提供)
彩夏さんはトランスジェンダーの方への取り組みをされているのですね。
医療の仕事というのは、業務上、性別によって処置が異なる場合もあるので、患者さんに性別を聞く機会が多いと思います。医療現場でのトランスジェンダーの方への配慮はどのようなものが必要だとお考えでしょうか?
2つ考えられます。医療現場で通称を呼ぶことと、セクシュアリティを知る人を必要最小限に留めることです。
家族が付けた実の名前は、身体の性に紐づいています(例:男の子だから太郎、太郎だから男の子)。トランスジェンダーの方は自分の身体の性に違和感があるため、実名で呼ばれることにも抵抗を覚える場合があります。患者さんに通称で呼んでほしいという要望があった場合、待合室で呼ぶ時も直接話す時も通称で呼ぶようにすると良いでしょう。そもそも待合室で人を呼ぶ時に、実名ではなく役所のように番号で呼べば、トランスジェンダーの方に限らず有名人の方や旧姓を好む方など、多くの方が安心して病院に行けるようになるのではないか、と思います。
同様に、トランスジェンダーの方は、自分が認識する性(いわゆる「心の性」)に従って生活することを望んでいるので、自分の身体の性を知られたくないと考える方が多いです。身体の性や、自認する性、恋愛対象の性など、セクシュアリティは大切なプライバシーです。患者さんのセクシュアリティを知る医療従事者を、治療上の必要最小限に留めて、知る必要のないスタッフが患者さんのセクシュアリティについて噂(いわゆるアウティング)をすることのないような体制になれば理想的だと思います。
現在は女性活躍などが課題となっている日本社会ですが、彩夏さんが、性別に関係なく誰もが自分らしく活躍できる社会にするために今後必要なものは何だとお考えでしょうか?
様々なアプローチが必要だと思いますが、私からは思考などのソフト面から考えていることをお話します。
1つは、ひとくくりにしない・目の前の人を分類しないことです。「〇〇は××だ」「あなたは〇〇に属しているから××だ」という言い方・考え方を避けるということです。私は性別に関する話は、生物学的なこと以外すべて統計学的な傾向でしかないと思っています。「ピンクが好きな人に女性が多い」は正しいかもしれませんが、「女性はピンク好き」「目の前の人は女性だからピンク好き」というわけではありません。ピンクが嫌いな女性もいますし、ピンクが好きな男性もいます。これは一例ですが、女性活躍についても同じだと思います。多様な人々・マイノリティを言葉で排除しないために、普段の何気ない会話や議論の場でひとくくりにしないように意識することが大事です。
もう1つは、マイノリティ同士も他者を認め合うことです。女性といっても、働きたい女性もいれば、働きたくない女性もいます。働きたい女性を働きたくない女性が非難したり否定したりすることが、女性活躍の壁になっていると感じています。その逆も同様です。
では認め合うとはどういうことかと言うと、自分と異なる考え方や行動があるということを認識する、存在を理解して受け入れるということだと私は考えています。人間が自分と異なる他者の考え方や行動そのものを理解し共感することはなかなか難しいですし、そこまでする必要もないと思います。つまり、自分と異なる価値観・考え方に触れた時、「え、意味わからない」「なんで?」と否定的につっこむのではなく、また、「すごくわかるよ」と無理に共感する必要もなく、「あ、そうなんですね」と言えば十分だということです。そうしたちょっとした受け答えが、一人ひとりが自分らしく生きることにつながるのではないかと考えています。
最後にこのインタビューを読んでいる医療職の方に一言お願いいたします。
このような機会をいただき、どうもありがとうございました。偉そうに話してしまいましたが、皆さんと意見交換や情報共有ができればと思っています。各SNSでも発信していますので、ぜひフォローしていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします!
Twitter @proud2bminority
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